ビリー・ホリデイ 〈奇妙な果実〉 鑑賞ノート -落涙の1曲「I'LL BE SEEING YOU」Billie Holiday-

 *落涙の1曲「I'LL BE SEEING YOU」-Billie Holiday〈奇妙な果実〉から-

 高校の頃ジャズのLPレコードを何枚か聴いていた。その後、ジャズ好きの知人ができて、再びジャズをよく聴くようになった。
 ちょうどその頃(今から40~50年程前)、ビリー・ホリデイのコモドア盤「奇妙な果実」のLPレコードが発売された(再発売)。上のLPレコードである。早速、聴いてみた。これが、素晴らしい内容で、何度も何度も取り出しては針を落としていた。聴く度に感嘆のため息が出てしまう。
 (ジャズ歴の長いその知人に、ビリー・ホリデイを聴いていると言ったら、呆れていた。彼はビリー・ホリデイは大嫌いらしい。ジャズ好きの人は、好き嫌いがはっきりしている。凝り性で、我が道を行く。だが、こちらはこちらで、ビリーを愛聴し続けてきた。)

 これを書くに当たって、もう一度「奇妙な果実」のLPレコードと2種類のCD合計3種類を丁寧に聴き直した。
 やはりLPレコードで聴くのが一番いい感じか。ゆったりと豊かなに鳴っていた。CD2種は、音自体はクリアだ。ビリー・ホリデイの歌の良さは十分に味わえるので、鑑賞に当たってはどちらも十分である。


 「ビリー・ホリデイは、ジャズ史上最高の歌手であるが、彼女の歌をはじめて耳にして、・・・・・「これでも歌手か?」と疑問を投げかける人ばかりである。」(ビリー・ホリデイ「奇妙な果実」のCDのライナー・ノート(油井正一)より)
 わたしには「彼女の歌をはじめて耳にして、」そのような違和感はまったくなく、素直にその歌の世界に入って行けた。どの曲も素晴らしく新鮮に心にしみじみと響いてきた。中でも、「.アイル・ビー・シーイング・ユー」と「.恋人よ我に帰れ」は、大好きな曲である。


〈いろはNo思いこみ鑑賞ノート〉

★「アイル・ビー・シーイング・ユー」  I'LL BE SEEING YOU

 LPレコードのB面の最初の曲「アイル・ビー・シーイング・ユウ」には、参ってしまった。心にじーんとしみ込んでくる。
 ピアノのイントロが出て、I'll be seeing youとビリーの歌に入る。伴奏も控えめでビリーの歌に寄り添いながら、ビリーの歌の世界が豊かに展開していく。
 わたしも、”I'll find you in the morning sun”の辺りになると、じいんと来る。

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 油井正一氏は「アイル・ビー・シーイング・ユー」について、次のように述べている。わたしの場合も、ほぼ氏と同じで、このとおりの感動を当時味わっていた。

コモドア盤のビリーで、私が聞くたびに落涙する一曲は〈アイル・ビー・シーイング・ユウ〉だ。遠く行ってしまった恋人。戦場とは歌われていないが、ビリーの解釈は明らかに戦地の恋人に対するものとなっている。シナトラもマクレーンを歌ったが、これをきくといかにビリーがそれらを超絶した偉大なシンガーであったかが分かる。その恋人と過ごした恐らくは最後の数日間二人で歩き、語らい、立ち止まった場所が断続的に現れてくる。小さなカフェ、公園、子供が遊んでいる回転木馬、栗の木、そしてお祈りの井戸・・・・・。朝の太陽が輝くところでまたお会いしたいわ・・・・・とくると、もう堪らない。どうしても泣けてしまうのだ。」(「週刊FM」1973年4月2日号)

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I'll be seeing you
In all the old familiar places
That this heart of mine embraces
All day and through
In that small cafe
The park across the way
The children’s carrousel
The chestnut trees
The wishing well
* I'll be seeing you
 In every lovely summer's day
 In everything that’s light and gay
 I'll always think of you that way
 I'll find you in the morning sun
 And when the night is new
 I'll be looking at the moon
 But I'll be seeing you
* repeat


「恋人よ我に帰れ」  Lover, Come Back to Me(動画リンク)

 アップテンポで余計に哀しみを誘う。
    When I remember every little thing
    You used to do
    I grow lonely
    Every road I walked along
    I walked along with you
    No wonder I am lonely
 この辺りはたまらい。

 

 曲目は、下記のとおり。(曲目の下の・の文は、わたしのメモです。)

1.奇妙な果実
 ・静かに葬送行進曲の如きSonny Whiteのピアノ、そしてビリーの歌にピアノが寄り添う。「今もって私はこの歌を歌う度に沈痛な気持ちになる。パパの死にざまが瞼に浮かんでくるのだ。しかし私は歌い続けよう。」(ビリー・ホリデイ)
2.イエスタデイズ
 ・ピアノが控えめに美しく始まり、ビリーの格調高い表現。
3.ファイン・アンド・メロウ
 ・ビリー自作のブルース
4.ブルースを歌おう
 ・tp、asが軽妙。ビリーのフレージングがまたいい。
5.ハウ・アム・アイ・トゥ・ノウ
 ・スロー・バラード
6.マイ・オールド・フレーム
 ・ラブ・バラード
7.アイル・ゲット・バイ
 ・ジャージーなテンポで歌う。シドニー・カトレットのdS楽しい。
8.水辺にたたずみ
 ・ラブ・バラード
9.アイル・ビー・シーイング・ユー
 ・じっくりと、ゆっくりと、たっぷりとした歌いっぷりで、歌詞を丁寧に歌っている。
10.アイム・ユアーズ
 ・甘くあまえるような
11.エンブレイサブル・ユー
 ・ゆったりと歌っている
12.時の過ぎゆくまま
13.シーズ・ファニー・ザット・ウェイ
 ・ピアノのイントロが美しい。”But I'm only human  A coward at best  I'm more than certain   He'd follow me west ・・・” 辺りにくるとじんと来る。
14.恋人よ我に帰れ
15.アイ・ラヴ・マイ・マン
16.明るい表通りで

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【資料】

 LPレコードには、大和明氏のライナー・ノートがある。その大和明氏の著書やライナー・ノートから、このレコードについての解説を以下に引用する。

 39年初頭にビリーは、それまで働いていたカウント・ベイシーやアーティ・ショー楽団の専属歌手から独立した。当時の彼女は既にジャズボーカルのあらゆる可能性を融合し完成させた歌手となっていた。この独立直後にレパートリーとした「奇妙な果実」のヒットが彼女を一躍スターの座につかせたが、同時にこの4月にコモドアに吹き込んだレコードはビリーにとって最大のベスト・セラーとなった。この頃からビリーの唱法は以前に比べ一段と歌詞内容を深めて表現する方向を強く打ち出すようになり、歌詞内容の表現器楽的唱法と呼ばれる彼女の独自のフレーズ創りが調和した不世出のジャズ・シンガーとして、比類なき境地に到達して行った。この30年代末から40年代半ばにかけてのビリーこそ、彼女の絶頂期と言える。ところで全盛期のビリーの録音の中でも最高の傑作であるコモドア・レーベルへの録音全16曲を吹き込み順に収録したのがこのアルバムである。中でも44年の〈アイル・ビー・シーイング・ユー〉と〈シーズ・ファニー・ザットウェイ〉での、美しくも切ない女心を訴えかけるように歌うビリーは全く素晴らしい。淡々と抑制された表現の中にも、聴き手の心の奥底まで揺さぶるかのような情感にあふれた表現力の深さに打たれるのである。

 いわば歌自体が彼女の人生そのものとして捉えられているだけに、ビリーの唱法は自然であり、誠実かつ率直な表現で歌われているのである。それだけに時にあまりにも淡々とした表現にすぎるように感じることもあるが、そのような抑制された歌唱でありながら、その中には心の奥底を揺さぶるかのような深い情感にあふれた真実の表現力が込められているのだ。それは通り一辺の解釈に終わらない深みと真実のシーリングとなって、聴き手の心に大きな感動を呼び覚ましていった。 

アイル・ビー・シーイング・ユー
 詩情豊かなこの美しい詩をこれ以上に美しく、しかも哀しく、聴き手の心にしみじみと訴えかけられる歌手は他にいるだろうか。リフレインに入って最初に出てくる"I'll be seeing you"と願いを込めて歌うフレージングの素晴らしさ、その感動は文字なんかでは決して言い表すことのできぬ美しさを伴っているのだ.

シーズ・ファニー・ザット・ウェイ
 「私のようなつまらない女にあの人は夢中、本当におかしいくらい惚れているの」と喜びを隠しきれない一方、「厄介者の私がいなかったら、彼はもっと良い人生を送れるだろうに」と愁う。そのくせ、「どうして立ち去れよう。私なしではきっと彼は不幸になるわ、だって私に首ったけなんだもの」と自分の心を励ます。恋の喜びと不安、恋にすべてを賭ける愚かで、可愛い女心の切なさをビリーはぎりぎりの表現まで出し尽くして歌っている。

恋人よ我に帰れ
 「星空は青く澄み、満月は美しかった。そして鯉も同様に・・・・・。今も星空は青く、満月も昔のままに美しい。でも一人ここで待っている私の心は歌い綴る。去りにし恋人よ、我に帰れと。」
 誰一人知らぬものとてないこの名曲はサビの素晴らしい扱い方により、ミルドレッドベイリーの詠唱を筆頭に、このビリーのコモドア版がそれに次ぐ出来だと思う。このビリーのサビのフレーズはその後この歌を歌う多くの歌手によって受け継がれた
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 *落涙の1曲「I'LL BE SEEING YOU」-Billie Holiday〈奇妙な果実〉から-