俳句ライフ 現在&これから -いろはの「それなりに俳句ライフ」・5- 


*東京 千住 2014.9 撮影

■  芭蕉

 「奥の細道」は高校生の頃、荻原 井泉水の「奥の細道ノート」(新潮文庫)という本を読んで親しんでいました。原文がその本に載っていたので、味わいながら丁寧に詠んでいました。詠んでいるうちに、書き出しの部分から「日光」のあたりまで、「奥の細道」を覚えてしまいました。

 それ以来、五十年経ち、定年後に懐かしくもう一度読み返しましたが、意外と忘れないていないものです。「日光」あたりまでは不完全ながら、空でほぼ言えました。そして、「奥の細道」の旅をしてみたいと思いました。

 京都嵯峨野の草庵「落柿舎」や東京の深川や千住、山形の立石寺、奥州平泉、那須の雲巌寺などを巡りました。(金沢にも行くつもりで宿や新幹線を予約していたら、例の新幹線の車両が水に浸かった台風の時で、やむなく中止し、それからコロナで未だ行けていません。)

この「奥の細道」の関連で、岩波文庫の芭蕉紀行文集と芭蕉全句集を読みました。しかし、これは単なる文学作品の読書として読んだだけでした。俳句の観点から読んだものではありませんでした。俳句や短歌をはじめる前でしたから。単なる古典の読書でした。気に入ったフレーズは、Myアンソロジーへ書き込みましたが。


*京都 落柿舎 2018.10 撮影

■  俳人の句

 俳句を始めてから、名句といわれる句には一通り目を通しました。その中から、興味を持った句を「Myアンソロジー」に書き留めておきました。

 それらの中で、比較的好きな句が多かったのは、細見綾子でした。女流俳人の素直な句が好みでした。このブログの「自然-風景」のカテゴリーの風景写真には、好きな句を風景の間にちりばめて掲載していますが、女流俳人の句もかなりあります。

 俳句って無数にあるし、俳人の数も多く、どこから手をつけたらよいやら、困ってしまいます。名句と言われる句から入りましたが、その先どうしたらよいのやら。迷います。

 また、日々、俳人や俳句愛好者によって、日本中で、俳句は何句生産されているのでしょう。1日に数十句作る方もいますから、すごい数になると思います。

 俳句や短歌の結社の数も相当なものでしょう。日本中、俳句や短歌の詩人で満ちみちています。日本は短詩型文学の宝庫。詩人の国ですね。



*平泉 2018年10月 撮影

■  「それなりに俳句ライフ」

 これから、俳句をどう味わっていったらいいか。思案中です。あれやこれやと迷ってしまいます。コロナも一段落ついてきたようなので、そろそろ活動を開始しようかなと考えでいるところです。

 例えば、再びどこかの句会に参加しようかなとか。俳句を自分で作るのは、ほどほどにして、名句鑑賞でもしていこうかなとか。〈いろはno思いこみ鑑賞〉*に思いついたことを書いていればいいかなとか。

 古稀が近づいたら、とみに体力気力の低下を感じている現在、のんびりと、素直に「それなりに」俳句ライフを楽しめばいいかと。のんびりやっています。終活も今いろいろと構想していますしね。

*〈いろはno思いこみ鑑賞〉については、下のリンク参照

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2023年3月20日

 久しぶりに蜜柑の木の世話をしました。冬を越せるように、昨年11月に木の幹を藁(わら)で包んであげました。無事に寒さに耐えて冬を越し、春を迎えることができました。


*11月に防寒のため、蜜柑の木にこんな感じで藁(わら)を巻いてあげました。


 この蜜柑の木の周りの土起こしをして、油粕と鶏糞を撒き、土を被せました。山畑の周りでは、うぐいすが鳴き始めていました。「ホホホホ  ホケッ」と練習を繰り返していました。白い蝶もやってきてこの畑で遊んでいます。この農作業をしながら、一句詠んではメモをして、また農作業して、一句詠んではメモをして・・・・・

藁巻きし蜜柑の木々に風光り   いろは

つややかや蜜柑の葉には蝶の翅  いろは

作業を終えて、車に乗るとフロントガラスにご褒美の「ひとひら」。

畑仕事終へて車に乗り込むや フロントガラスに花びら白し   いろは


*〈いろはno思いこみ鑑賞〉については、下のリンク参照