ヘルダーリン 人はこの地上に詩人として生きる



 人はこの地上に詩人として生きる  ヘルダーリン
 
 ヘルダーリンの詩は、学生の頃、手塚富雄他訳のヘルダーリン全集全4巻を購入して読んでいました。ハイデッガーの「ヘルダーリンの詩の解明」も翻訳が出ていたので、読んだ記憶があります。

 引っ越しを重ねるうちに両書とも紛失し、今は手元にはありません。今あるのは、岩波文庫などいくつか。それらを手に取り、もう一度ヘルダーリンの詩を眺めてみます。

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Voll Verdienst, doch dichterisch wohnet
Der Mensch auf dieser Erde.

いさおし(功績)は多い。
だが、人はこの地上に詩人として住んでいる

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* dichterisch 詩の、詩的な、詩人の:人間は、詩的存在として生きているということでしょうか。

 このヘルダーリンの詩句について、哲学者・俳人の大峯あきら氏は、次のように述べています。

「このたった二行の詩句は、ハイデッガーが正しく解読したように、人間がこの世に生きていることの根源的な意味を捉えた詩人の鋭い直感です。」

「いさおし(功績)のために人々は多忙です。世界の表面は功績で溢れていますが、もっと深い人間存在の底には、もはや功績をもってしては届かない次元があります。たとえば、自分が生まれたことは、決して自分の功績ではありません。」

 そして死も。
 わたしは人生の終盤に近づいたせいか、何かしきりに感ずるものがあります。何らかの気づきや直感が。それが何なのかは、言葉をもって表すことはできませんが。ヘルダーリンの詩句や、大峯氏の言葉は、そのような何かについて述べているように思えます。

  人はこの地上に詩人として住んでいる」 というのは、人は自分の世界を生き切ることが天命だ、とわたし的には解釈しています。

 「ひとりのひとつの世界」を生きる。自分の中に全世界・全宇宙がある。一顆明珠。いろいろな表現があります。唯識などは、「ひとり一宇宙」と言っています。

 そして、ベートーヴェンの音楽も、そのような世界の音楽的表現であるのかも。
 ヘルダーリンの詩について、ベートーヴェンの「晩年様式」との相似に言及している研究者もあるようです。
 ベートーヴェンの、あの至高の後期の弦楽四重奏曲との相似について。

 ベートーヴェンの後期 弦楽四重奏曲は、やはり学生の頃、ちょうど、このヘルダーリン全集を読んでいる時期に、熱中して聴いていました。空前絶後の高みに達した、崇高でピュアな音楽と当時思い込んでいましたので、友人に「この弦楽四重奏曲集を聴き終えるまでは死ねないな」などと、若いのに生意気なことを言っていたのを覚えています。

 * ベートーヴェンの後期 弦楽四重奏曲のレコードでは、当時は、スメタナ弦楽四重奏団のレコードを購入して、何度も聴いていました。わたしにとって大切な音楽だったので、その後も、別の弦楽四重奏団の演奏でも聴き続けてきました。ブダペスト弦楽四重奏団、スメタナ弦楽四重奏団の新録音、アルバン・ベルク四重奏団の新・旧の録音、ベルリン弦楽四重奏団やラサール弦楽四重奏団の録音 など。これからもずっと聴き続けていくことでしょう。

 参考に、ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調  第5楽章 「カヴァティーナ」を下にリンクしておきました。この崇高でピュアな音楽に、ヘルダーリンの詩との相似をみることができるかもしれません。

*ベートーヴェン 弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調  第5楽章 「カヴァティーナ」


手もとの岩波文庫から、ヘルダーリンの詩をひとつ引いておきます。「生のなかば」。

       生のなかば
                             ヘルダーリン

梨を黄に稔らせ
茨に咲きみちて
岸は湖(うみ)に傾く。
優美の白鳥よ、おまえたちは
口づけに酔い痴れて
頭(こうべ)を潜らす
浄らに醒めた水のうちに。

ああ、いずこに摘むのか?
冬となれば、花を、いずこに
日の光を
地の蔭を?
壁はつめたく
ことばなく聳え、風に
風見が鳴ききしむ

                        *訳: 檜山哲彦(岩波文庫)

 

Hälfte des Lebens
                      Fr. Hölderlin

Mit gelben Birnen hänget
Und voll mit wilden Rosen
Das Land in den See,
Ihr holden Schwäne,
Und trunken von Küssen
Tunkt ihr das Haupt
Ins heilignüchterne Wasser.

Weh mir, wo nehm ich, wenn
Es Winter ist, die Blumen, und wo
Den Sonnenschein,
Und Schatten der Erde?
Die Mauern stehn
Sprachlos und kalt, im Winde
Klirren die Fahnen.



*ヘルダーリン 人はこの地上に詩人として生きる