ゲーテ『若きウェルテルの悩み』の思い出 - 何という晴れやかさが -

*ゲーテ「若きウェルテルの悩み」の想い出 -何という晴れやかさが- 



2022年5月4日

 本日は、若きウェルテルの物語が始まった日です。(1771年5月4日からその物語は始まりました。)若いときに読んで、今は古稀を迎える歳ですから、この小説のほとんどを忘れてしまい、断片的に思い出す場面がいくつか残っているだけです。

 例えば、舞踏会に雷雨が訪れた後、その窓際でロッテが目に涙を浮かべて、「クロプシュトック!」と一言つぶやいた場面。
 クロプシュトックという詩人の名は、二人に共通の感情を呼び起こす言葉であったそうです。その時にロッテとウェルテルが思い出していた詩は、クロプシュトックの「春の祝祭」という詩です。(マーラーのコンサートの記事でも書きましたが、若いゲーテもヘルダーリンもこのクロプシュトックの詩から多大な影響を受けたと言います。)

 そして、ウェルテルで思い出すのは、この小説のはじめの方のフレーズです。

Eine wunderbare Heiterkeit hat meine ganze Seele eingenommen, ・・・

(  何という晴れやかさが、わたしの心を満たしていることか、・・・  )

 今日(2022.5.4)は、4時半に目が覚めました。朝早く目が覚めてしまうことが最近多いこの頃です。気持ちのよい朝です。
 快晴の空がくっきりとした青さで広がっています。この空を見て、上のフレーズをふと思い出しました。今日は5月4日。奇しくもウェルテルの物語が始まった日。

 このフレーズは、若い頃に習いたてのドイツ語の辞書を片手に、覚えたものです。もうドイツ語とはすっかり縁がなくなってしまいましたが、このフレーズだけは今でも口をついて出てきます。ハイネの詩の記事で書いたように、このフレーズには5月の生命のみずみずしさと充溢を感じます。

 わたしの身体の中で、50年間生き延びてきた「いのち」のフレーズということになります。この小説の美しさや力づよさが、この言葉を思い出すたびに蘇ってきます。不思議な力をもつフレーズです。

 この「若きヴェルテルの悩み」を読み心に残るものがあったので、気に入った文を原語で読んでみようと当時思い立ったのでしょう。物語の詳細はもうすっかり忘れてしまいましたが。




  「若きウェルテルの悩み」について、ドイツ文学者の手塚富雄氏は、次のように書いています。

 《 そこに漲る自然感情は大したもので、われわれは「花の香りの大河を泳ぐ黄金虫」のように、自然の生きた力に触れる喜びを感ずるだろう。自然にたいするそういう態度が人の生き方としては、虚飾を排し、自己の内部から湧き出るものを重んじ、本然の人間として自己を生かし他と結ぼうとすることは、当然の帰結である。・・・・・・狭苦しい埒内で、体面や古びた慣例や小さな利己心に奉仕するようなドイツの現実で、とても若い人々の能動的な意欲を伸ばすことのできるものではない。・・・  》

 

 わたしはというと、いつの間にか古稀を迎えるような歳になってしまいました。今日は奇しくも5月4日。小説「ウェルテル」の物語も、1771年の5月4日から始まっています。251年前の今日の日から。今日のこの日に、この文章を書こうと意図したわけでもないのに、まったくの偶然です。たまたま早く目覚め、快晴の素晴らしい天気に恵まれたために、これを書くことになったのですから。「ウェルテル」の「いのち」の力は今も生きています。

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 以下「若きヴェルテルの悩み」の翻訳(角川文庫)と原文

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1771年 5月4日

去ってきたことを僕はどんなに喜んでいることか! この上ない友よ、人間の心とは何であろう! あんなにも愛し、どうしても離れがたかった君をおき去りにして、そして喜んでいるとは! 君はきっとゆるしてくれるね。

4. Mai 1771
Wie froh bin ich, daß ich weg bin!  Bester Freund, was ist das Herz des Menschen!  Dich zu verlassen, den ich so liebe, von dem ich unzertrennlich war,und froh zu sein!  Ich weiß, du verzeihst mir’s.

 

5月10日

 不思議な晴れやかさが、僕の全霊を占めている。僕が胸一杯に受容している香しい春の朝を占める晴れやかさに似たものが。僕はただひとりいて、僕のような心魂のために創られているこの土地で、わが生活を楽しんでいる。友よ、僕はまったく幸福だ、まったく安らかな生存の感情にひたりきっている。僕の芸術がそれに圧倒されて振るわぬほど。

Am 10. Mai
Eine wunderbare Heiterkeit hat meine ganze Seele eingenommen, gleich den süßen Frühlingsmorgen, die ich mit ganzem Herzen genieße. Ich bin allein, und freue mich meines Lebens in dieser Gegend, die für solche Seelen geschaffen ist wie die meine.
 Ich bin so glücklich, mein Bester, so ganz in dem Gefühle von ruhigem Dasein versunken, daß meine Kunst darunter leidet.

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ウェルテルの青春のように瑞々しいシューマンの音楽です。

シューマン作曲「詩人の恋」の第5曲目 "Ich will meine Seele tauchen"

Schumann: Dichterliebe, Op. 48 - V.  "Ich will meine Seele tauchen"


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*ゲーテ「若きウェルテルの悩み」 -いのちのフレーズ「何という晴れやかさが・・・」-