短歌から俳句へ -いろはの「それなりに俳句ライフ」・2-

いろはの「それなりに俳句ライフ」・2 短歌から俳句へ


橘守部の歌論をきっかけにして、わたしは短歌を始めてみたいと思いました。

俳句は、季語とかの約束事があって窮屈そうです。また、俳句は地味で、渋いなあ。それによくお年寄りがやっているのを見かけます(自分も既にお年寄りでした)。

「いろは」は、「俳人」より「歌人」の方が華やいでいて、「かっこいいなあ」と思いました。で、短歌に決めました。

短歌を2年ほどやってみました。しかし、どうも乗りが悪いのです。短歌は文字数が多くて、何か長いなあ。優雅というか、何か間延びしているなあ。

わたしの場合、たいがい「五七五」で終わってしまうのです。その後の「七七」が、いつも余計です。もともと性格的には、単純明快なものの方が好きです。コントラストも強いほうが好きです。ぼやけているのは、ちょっと。

それで、いつの間にか「五七五で行きましょう」ということになって、自然に「五七五」のリズムを使って詩歌を作るようになっていました。



こうして、短歌を始めて2年で、「五七五の短歌?」になってしまったのです。

しかし、この間、現代短歌を中心にして、万葉集、西行、良寛などの作品も多少は鑑賞することができました。現代短歌には、お気に入りの作品がいっぱいできました。回り道をしましたが、無駄はなかったです。心地よい時の流れに浸っていました。

若い頃は、(象徴派の詩人Onlyでしたから)和歌や古文なんて見向きもしませんでしたが、これを機会に、古文の作品にも多少は親しむことができました。文法も一緒に復習しておきました。

その後、「五七五の短歌」は、季語を入れて、何とか俳句の体裁を整えることができるようになってきました。

こうして、「五七五七七」から、「五七五」へ、そして俳句へと「進化(変化)」を遂げ、今も五里霧中でそれなりに「進化(変化)」を続けています。

年賀状にも、「五七五七七」や「五七五」を書くし、ブログにも自作の俳句を掲載しています。恥ずかしがらずに。

これも、守部さんのお陰です。「始めより憚らず打ち出して詠むべき」、このアドバイスが効いています。水戸黄門の印籠を隠し持っているようなものです。この勇気づけがあったからこそ、このブログにまで、「未熟極まりない俳句」を掲載する度胸ができたのですから。

「ええいっ」と思い切って、自分の「思い」を俳句にも、ブログにも打ち出します。
自分の「思い」をしまっておくと、精神衛生上よくないです。

はばからず  うちいだすなり  ごうしちご    いろは

これからも「いろは」の詩歌は、このブログに掲載されることでしょう。そんな時は、守部さんの言葉を思い出して、大目にみてやってください。




2023年3月9日(木)

今日は、家内が横浜へお出かけです。

横浜の街連れ歩く春の風   いろは

以前は、横浜の街をふたりで歩いたものでした。

でも、わたし「いろは」は、ひとり静かに留守番していることにします。

今日も、おだやかな良い日です。庭を眺めていたら、ヒヨドリが庭のキンカンの実を啄んでいました。メジロやシジュウカラも来ます。昨日は、山路でまだぎこちないウグイスの声を聞きました。今日は上手に啼けるようになったかな。散歩が楽しみです。