モーツァルトを聴く/交響曲 第36番 ハ長調 K.425「リンツ」/ピノック、ワルター、バーンスタイン、レヴァイン他 



 モーツァルトの交響曲 第36番 ハ長調 K.425「リンツ」は、下記のアルバムで聴いて来ました。

・ワルター /コロンビア交響楽団 1955 mono
・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団 1956
・ワルター/ コロンビア交響楽団 1960
・シューリヒト/パリ・オペラ座管弦楽団 1961
・ベーム/ベルリン・フィル 1966 (交響曲全集)
・クーベリック/バイエルン放送交響楽団 1980
・バーンスタイン/ウィーン・フィル 1984
・フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ 1985
・レヴァイン/ウィーン・フィル 1986
・マッケラス/プラハ室内管弦楽団 1986
・ピノック/イングリッシュ・コンサート 1995 (交響曲全集)
・カルロス・クライバー ウィーン・フィル 1991 DVD ライヴ
・リンデン/アムステルダム・モーツァルト・アカデミー 2002 (モーツァルト全集)

*以下の文章は、それぞれの録音を聴いて、1ディレッタントの折々の印象や感想を述べたものに過ぎません。(それぞれの演奏を評価したものではありませんので。)



 上記の録音には当初はLPレコードで聴いていたものも含まれていますが、今回は全てCDで聴きました。タイトルの数だけ、つまり13種類の「リンツ」を改めて聴き直してみて、ほとんど全ての演奏を新鮮に聴くことができました。

 若い日に聴いたLPレコードのワルターやクレンペラーを懐かしみながら聴きましたが、ワルターのステレオ録音(1960年)には、改めていたく感銘を受けました。その迫力、生動するスピード感の快さ、第2楽章、そして第3楽章のトリオの美しさなど、今以て素晴らしいと思います。

 また、ピノックの広がりのあるたっぷりと聴かせる、楽しく美しい「響き」、第4楽章の迫力ある力動感も感動的でした。そして、バーンスタインの、ウィーン・フィルらしいゆったりと美しい「リンツ」にも惹かれました。

 レヴァインは、第2楽章で提示部の繰り返しあり、また展開部から再現部の繰り返しもありで、演奏時間は13分以上で長い。第4楽章も11分近くあり、たっぷりと「リンツ」を聴かせてくれます。クライバーのはDVD盤で、指揮する姿とともに音楽も表現的魅力ありで、ブラームス2番とカップリング。

 クレンペラー、シューリヒト、ベームそしてクーベリックは、ずっと以前から聴き続けて来た思い出深い録音です。ブリュッヘンやマッケラスも、その力動感を新鮮に楽しみました。どのディスクも心動かされ、人を惹きつける魅力がありました。よって、同じ「リンツ」でも聴き飽きることなく、面白く聴き返すことができ楽しめました。やはり、モーツァルトの音楽の魅力。

 動画は、カルロス・クライバーとブルーノ・ワルターのもの

Carlos Kleiber Vienna Philharmonic 1991

00:00 I. Adagio - Allegro spiritoso 10:30 II. Andante
17:50 III. Menuetto 21:44 IV. Finale: Presto

Bruno Walter  Columbia Symphony Orchestra  1960

00:00 第1楽章 08:41 第2楽章 17:06 第3楽章 21:25 第4楽章


アンリ・ゲオン

 ウィーンへ向かう途中、夫妻はランバッハに足をとめた。ヴォルフガングが立ち寄ったベネディクト会の大修道院では、折しも修道士のミサが始まるところで、彼が「アニュス・ディ」のオルガン伴奏をした。諸聖人の祝日(十一月一日)までにはリンツへ着いた。町の入口にトゥン老伯爵の従僕が彼を出迎え、ぜひ伯爵家へ泊るようにと夫妻を案内した。が着くや早々に、彼は演奏会を依頼され、シンフォニーのスコアを全然もっていなかったので、即座に新しい曲を書き上げた。

 ちょうどミハエル・ハイドンから最近作『ト長調交響曲』を贈られたところで、彼はそれに着想を得た。社交界に出入りしながら、四日間でこのオーケストラ作品は出来上っている。これがあの快い魅力にあふれた駆けめぐる『交響曲ハ長調リンツ』(K四二五、W四一四)で、情熱や活気が時おり跳びはねている。(ミハエルでは作曲できなかったと思われる)冒頭アレグロのベートーヴェン風の序奏。故意に語らないメランコリックなアダージオ。彼がお手本とし、拠り所とした作品と比べてみると、ミハエルのは優しいパッサージュに至るまでほとんどモーツァルトと同じ色彩、同じ繊細さで、しかも、メヌエット以外は同じ構成であることに気づく。このため長いことこの作品はヴォルフガングのものと見なされていた。その上彼はほぼ同じころこのシンフォニーの序奏として、ミハエルの作風そっくりの『アダージォ』(K四四四)を書いた。この時期にはザルツブルクの老酔漢がモーツァルトの作品を書いていたのか、モーツァルトがミハエル・ハイドンのを書いていたのかわからないほどである。それほど彼らは愛し合っていたのだ! ミハエルのシンフォニーは規模の大きさに欠けるが、愛すべきものだった。モーツァルトはそれに躍動と壮大さを加えた。ここでわれわれは彼の模倣がいかに生き生きとしているかに驚くのである。それは質の変化だった。あたえられた原作は、彼にとって、自分の才能のなかに埋もれていた泉を見出すきっかけとなった。たとえ二人の作品が似かよっているとしても、それは決して同じものの繰り返しではない。

〈参考記事のリンク〉

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